THE DAY AFTERその3
続きです。
それでは柔道整復師の取り扱うことのできる傷病にはどんな法的規制があるのか、といえば特に定めはありません。
昭和41年に当時の厚生省の医事課長が出した通達があります。「医行為又は医業類似行為(広義とする。)であるか否かはその目的又は対象の如何によるものではなく、その方法又は作用の如何によるものと解すべきである。」何かややこしい言い回しですが要するにある行為が医師にしか行うことのできないものか、柔道整復師も行ってよいものかの判断基準は目的や対象ではなく、どんなことをクライアントに行ったのかで判断される、とでもいった意味でしょうか。だから美容整形みたいに健康な人を対象に治療目的以外の目的で行う行為も、メスを使った手術ですから医師にしか行うことができない。骨折や脱臼であってもレントゲン撮影をしたり投薬や外科手術を行うことはやっぱり医師にしかできない。反対にたとえば柔道整復師が肩関節脱臼の整復に使うコッヘル法という手技を脱臼以外の傷病、例えば肩関節周囲炎に行っても別にかまわない、もちろん実際にはないでしょうが全く健康な人の方にコッヘル法を施術しても法律上何ら問題はない。そういうことです。だから柔道整復師の施術の対象というのは別に骨折・脱臼・打撲・捻挫には限られない、ということになります。施術の対象が法律で定められているなんてのは真っ赤なウソです。現に厚生労働省のホームページにもこんなのがあります。「柔道整復師の施術を受けられる方へ」とあって「整骨院や接骨院で骨折、脱臼、打撲、及び捻挫(いわゆる肉離れを含む)の施術を受けた場合に保険の対象になります。」「単なる肩こり、腰痛などに対する施術は保険の対象になりません。このような症状で施術を受けた場合は、全額自己負担になります。」と、ちゃんと書いてあります。だから、「骨折・脱臼・打撲・捻挫」は単に保険の対象になるというだけで健康保険を使わなければ肩こりであろうと腰痛であろうと、いいかえれば外傷でなくても全く問題なく施術を行うことはできます。柔道整復師は外傷を扱う、あるいは外傷しか扱うことのできない資格である、というのが単なる思い込みによる誤解であることをご理解いただけたでしょうか。外傷しか扱うことのできないセラピストを年間五千人も増やしたってけが人はそんなに増えませんよ。柔道整復低迷の原因の一つがこの誤解によるものなのは明らかです。
イヤ、それでもおれは骨折、脱臼にこだわる。骨が接げてこそ「ほねつぎ」だという考えは勿論立派だと思います。そうして骨折、脱臼の治療に素晴らしい実績をお持ちの方も業界にはたくさんおられることも承知で言うのですがそれは誰のための技術でしょうか。というのが柔道整復師が骨折、脱臼に施術を行う際にはいろいろな制約があるのです。関係法規の講義の復習とか予習になってしまいますけれどこのあたりのことを確認しますね。まず、骨折、脱臼の患部に施術をする前には医師の同意が必要です。つまり、柔道整復師が施術をする前に医師がその骨折なり脱臼なりを診察して「これは柔道整復師が施術してもよい」という同意があって初めてその患部に施術を行うことができるわけです。もちろん応急手当といって医師が診察を行う前に柔道整復師が骨折、脱臼の患部を一応整復することはできるのですが医科であればレントゲンの透視下に、麻酔下に整復を行うのに対し柔道整復師は文字通りの徒手整復です。患者さんもしんどいでしょうしいずれにせよもう一度医師の診察は受けなくてはならない。それなら患者さんは二度手間ですよね。初めから医師が診察して、診断を付けた上で整復、固定を行った方が患者さんは絶対に楽です。さらに骨折については骨折部に接着剤を注入してその場で骨をくっつけてしまう、という技術が開発されつつあるのだそうです。現在どの程度まで実用化が進んでいるのか知りませんけれど、そうなってしまえば骨折や脱臼の患部を固定する技術も、固定をはずしてからの後療法も必要ないことになってしまいます。「俺は骨折や脱臼をきちんと整復、治療できる」というのは間違いのない話であってもそのこと自体が患者さんに余分な苦痛を与え、場合によっては治癒を遅らせてしまうことになりかねないのだということもこれからの柔道整復師は知っておかねばならないと思います。
柔道整復師の業界では最近になって「柔道整復学」を構築しようという動きが盛んになっています。整形外科学ではなく、独自の学問体系、と言ったって外傷にこだわる限りそれは整形外科学からレントゲンやら投薬やらその他の現代医学的なものを差し引いただけのものではないか、そんな風に私は心配しています。レントゲンも見ずに、麻酔も使わずに外傷を治してしまうという名人芸は確かにすばらしいと思いますがそう思うのは柔道整復師の仲間内だけです。患者さんは決してそうは考えていません。
ケガの痛みがなかなか治まらない、というとき患者さんは決まって「病院に行って、レントゲン撮ってもらった方がいいですか?」と聞いてこられます。私が普通にケガの患者さんを保険で治療していた頃もそうですし現在だってそうでしょう。柔道整復師が現代医学的な方法を用いないこと自体を患者さんは評価しているわけではないのはこのことだけでも明らかです。ついでに言えば外傷について本気で研究するつもりならば当然欧米の先達たちの研究についても知らなければなりません。それも訳本ではなく原本に当たらなければなりません。医学関係の原著論文だって全部欧文なわけでこれを読みこなせる柔道整復師は残念ながら多くはないでしょうね。
もともと柔道整復師が変則的にせよ骨折、脱臼、打撲、捻挫の患者さんに対して健康保険を使うことができたのは整形外科が未発達の時代に医師の代わり、代替としてということでした。接骨院での保険取り扱いについてはこれからも大事にしていかなければならないのは言うまでもありませんが整形外科がこれだけ発達した今日に医師の代替機能という言葉はしっくりこないのもまた本当でしょう。ケガの手当てとしての柔道整復は徐々にその役割を終えつつある、と考えます。外傷にこのままこだわり続けることは柔道整復そのものの滅亡につながっていきかねないと考えます。もっと身も蓋もない言い方をすれば健康保険にしがみついたままではこの先しんどいのと違いますか?ということです。
次回に続きます。
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